智恵子のまち夢クラブ   

「智恵子少女期ゆかりの福島市を訪ねる」

とき 6月17日 午前8時出発 智恵子の生家駐車場

朝8時に携帯電話がなった。

今頃なんだろうと思ったら出発時間だと言う。

なにを勘違いしたのか、寝起きに8時集合を

玄関出る時間と勘違いしてしまった。

郡山からの会員を8時過ぎ

安達駅に迎え

代表からの挨拶。新入会員の挨拶に簡単なルート紹介など。

10名の参加で二本松から二台の車に分乗して出発。

目的の第一は旧福島女学校(現福島第一小学校)跡、ほぼ目的時間通り到着

隣の福島県庁前公園には明治天皇巡幸の記念碑があった。

次に智恵子散策の地、紅葉山公園へ

隣は県庁もと板倉藩の城内でもある

仙台からの舟運があり河岸に船着き場跡がある。

板倉神社もあり古木に歴史を感ずる事ができる。

会員の中には初めて来たと言う方もいて県庁は普段の生活には

遠い場所のようだ。

予定の時間なので智恵子日本女子大学校友人の小松ナツの嫁ぎ先

明治病院へ向かう。

智恵子の庭奇麗に保存されている

現理事長の奥様に案内して頂く

冬の時期滞在し雪のつもる絵を

展覧会へ出したと言う。

奥様を真ん中にしての記念写真 

いろいろ質問飛び交い珍しい苗字に訪ねたらなんと、当地区の木幡出身で

今も菩提寺が二本松にありお盆には墓参りすると言う。

そんな事もあり智恵子は親近感を持ったのかもしれない。

玄関前で記念写真創業当時からの看板の前

なを左手には明治以来の煉瓦が残って居る。

新しい発見のある智恵子の庭だった。

明治病院の記念誌を代表が受け取り、貴重な画像がある本なので

会の宝物になるだろうと思った。

次の見学地は古関裕而記念館。

とんがり帽子や君の名は、イヨマンテの夜など

生涯で5000曲を作曲し、校歌の作曲など

日本を代表する作曲家と言える。

 

二階への階段の壁に

本人描いた水彩絵

日曜とあってハモンドオルガンに合わせての合唱を

楽しむ姿もあった。

お昼は近くの食堂私は蕎麦にした。

御膳ご飯を頼む会員もいて豪華な食事を楽しんだ。

お昼後は県立美術館、丁度ポーラ美術館所蔵の作品展示中。

モネ、セザンヌ、ピカソなど

 

   

有る部屋は撮影okでスマホでパチリしてきた。

これは他の博物館などもそうで最近撮影okの美術館が多くなってきた。

台湾の故宮博物館もその日からokとの事だったが

出来無いと決めつけてカメラは持たず入場して失敗したと思った。

ここは人混みが多く撮影所では無かった。

上野の国立博物館でも撮影許可の部屋があった。

2015年依頼となる作品との対面だがほとんど忘れていた。

珈琲タイムを挟んで最後は県立図書館で

朝河寛一展、入口ホールにアメリカでの活躍

戦争止めるため大統領にだした手紙などが展示されていた。

美術館では会員一名が途中参加して無事帰路に着いた。

 文責 野里