智恵子のまち夢クラブ 

~テーマは高村智恵子に影響を与えた人達~

智恵子講座15’第三回

2015年12月20日 午前10時より、二本松市の男女共生センタ-5階

第五研修室で午前は予定変更して第三回坂本さんです。

熊谷代表の挨拶講師紹介と続き講座開始です。

テーマは「松井昇と太平洋画界研究所」を講師坂本富江さんより

受けました。坂本さんは

20年来の『「スケッチで訪ねる「智恵子抄」の旅』の著者で

現在、太平洋美術会の会員でもあります。

更に今年ノーベル賞貰った大村 智博士と同郷で

故郷韮崎市の観光大使もなされているようです。

当日はご母堂様の通夜と言うことで

本当にお忙しい中来てくれました。それで午前中の講座となりました。

映写画面と資料と合わせながら進みました。

資料と

それを映写した講座で色彩もあり大変有意義でした。

資料は白黒ですが投射された絵はカラーなので良かったと思います。


松井昇は兵庫県出石町出身1869年(安政元年)から1933年(昭和8年)

洋画家(風景が肖像画を得意)で教育者、キリスト教徒

1881年 東京大学院理学系研究科付属植物園(現 小石川植物園)にて画工として活躍

1901年から1912年 日本女子大学校で西洋画の教授を努めた。

その後明治美術会の創立に関わり智恵子と触れ合う。

尚明治美術会は度々名前を変え現在は太平洋美術会と名乗る

智恵子は明治40年ここに入学したそうだ。

明治45年には画会展へ二品出品。

男の中にまざり異色の存在として注目を集める。


松井昇の作品は当時、宮内庁に買い上げられる。

銃を前に泣きくれる女の子と小さい子にきつい眼をして

男の子は泣くなと諭して入るようで時代背景がよく解る。

この他にも優しい感じの風景画や植物画を残している。

数少ないながら智恵子の絵

沼津で書いた欅の木

柔らかい色彩の絵にセザンヌの影響が解るとか

資料ではより多くの絵などを利用して大変解りやすかった。

智恵子に取って松井昇は洋画家のへの道しるべ

尊敬出来る人格者、最高の指導者、智恵子の祖父、父に何処か似ている人

との講座でした。

*尚・スケッチで訪ねる智恵子抄 「改訂版」発売中です。著者は坂本富江さんです。

智恵子生家の近く戸田屋で販売してます。

尚、第四回の講師 小山弘明さんは

連行基運営委員長でブログ運営しており詳しくそちらでも触れております。

リンクのページからお出かけ下さりご覧になって下さい。

直接は下記↓です。

高村光太郎連行基運営委員長のブロク12月22日の記事

http://blogs.yahoo.co.jp/koyama